IBDの折り返し地点を迎えました。

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こんにちは、難病系フリーランスオカンのくわっちです。

先日28になりまして。

いいねくださった皆様ありがとうございました。
LINEやinstagramでメッセージを頂いた方もありがとうございました。

実はありがたいことに去年リプライ(返信)が100件以上来まして、それを返信するたびにまたおたおめリプが増えて、それを返して…ということを繰り返した結果、120件?くらいになったのかな。Twitterの仕様上、リプがあったツイートは最新のタイムラインに並ぶようになっているので、それを見つけた人からどんどんリプが来てたんです。
ありがたいけど返信がめちゃくちゃしんどかったのでゆるちて。

で、

このツイートに関して記事書く前に、去年はブログで何書いたっけと思ってみたら

2月なんも書いてねぇ

いやはや、よくある。2020年なんか日付飛びまくりだし。

というわけで、

およそ4年ぶりに誕生日について触れるようです。(笑)


遡ること2007年春、当時中学2年生になった私は転校をしてある状況に陥ってました。

担任の女性教師と看護師であった母が仲良くなり、学校や家庭内での生活が筒抜けに。
看護師であった母の病院に”腹風邪”で通院していたため、母の周囲に健康状態も筒抜けに。
学校に休んで病院に行けば、医師に”腹風邪”であることが伝わっていて、点滴されたり薬を出されたり。問診ほぼなし。

担任も母もそろって仮病だと言い、なかなかよくならない”腹風邪”にイライラし、遊びに行く場所もなければ学校内の逃げ場所もない。そんな生活を送っていました。

ここらへんの話は「母と私」カテゴリにまとめています。昔の私えらい

母と私
「母と私」の記事一覧です。

のちに”腹風邪”はタール便の下痢となり、便に血がまじり、吐いて血を垂れ流しながら受験をすることになるんですが。
そんな島に暮らしていたあの頃から数えて、ようやく折り返し地点を越えました。

いやーーー。

生きててよかった!

大げさとかではなく、マジで生きててよかった。

そもそも私はどちらかと言えば死にたがりな人間なので、10歳くらいからどうやって命を絶てるかずっと探してて。家に居たくなくて、早く家を飛び出したくて、でも子供だからそれはできない。それならば飛び降りようか、首を吊ろうか、川に飛び込んで流されようか、海に沈んでこようかとよく田舎のあちこちをうろうろしたものです。

でも死ねなくてぼんやりしていたころに上に書いたようなことがあって、そのあとやっと検査を受けて潰瘍性大腸炎だと分かって「仮病じゃなかった」と安心していた私に母が掛けた言葉は

「このお守りを持っていたら、あなたの病気も完治するわよ」

おおよそ准看護師資格持ちとは思えぬ発言でした。
あ、お守りって言ってもオカルトめいたやつね。1個原価30円くらいの、ベニヤにレーザー彫りしてニス塗ったやつを600円で売ってるの。
もしかしたら励ましのつもりだったのかもしれませんが、オカルトめいたお守りを受験の時も入院中も持たされて力説されたらそりゃあ信用なくすし、高校合格したのはお守りを売っている団体のおかげとか言われたら、ねえ…。

そこから家を出て、気付いたら子宝がひょっこりやってきて、離婚したけど気付いたら良縁がやってきて、今家族4人で暮らしています。

こんなクソみたいな自分でも家族を持てる日が来るなんて誰が想像してた?

今の状況にありがたみを感じながら暮らすとともに、やっぱり母だった人とは分かり合えないと日々強く思うばかりです。

子供が親を無条件で信じるわけじゃない。親が子供を無条件で愛せるわけじゃない。
というのは、今子育てをしているなかでひしひしと感じているし、子供たちがいつか親を捨ててもそりゃあ仕方ねえなって思ってます。

だからこそ、今を大切に。
今の自分が一番若い!毎日の積み重ねによる加算ポイントが大事!
10年後には反抗期!物理的にかわいいのは今のうち!
と唱えながら、今日も子育てしてます。

さて、仕事してくるかね。



ここまで読んでいただきありがとうございました!
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